雨の季節が近づいてきた。だからといって、ウイルスが洗い流されるわけもない。5月25日の政府対策本部において、5都道県(北海道、埼玉県、千葉県、東京都及び神奈川県)に対する緊急事態宣言が解除され、全国的に次なるフェーズへと向けた動きを見せはじめた。22日に「新しい日常」が定着した社会の構築に向け、独自の出口戦略を発表した東京都の小池百合子知事は、26日午前0時から「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」に示されたステップ1への移行を決定した。そのロードマップだが、まずステップ1では、都民の文化的・健康的な生活を維持するうえで必要性が高い施設として、博物館や図書館、美術館などが、入場制限などを設ける前提で再開した。また、イベント参加は50人まで可能となり、飲食店の営業時間は夜10時までに緩和された。そして、6月1日には次なるステップへと移行した。そのステップ2では、クラスター発生歴がなく、3密が重なりにくい施設として、大学や映画館、劇場、多くの小売り店舗などが再開した。また、イベント参加は100人以下かつ定員の50%以下まで可能となった。そして、次なるステップ3では、リスクの高い施設を除き、入場制限などを設ける前提ですべての施設が再開でき、飲食店の営業時間は夜12時までに緩和され、イベント参加は1,000人以下かつ定員の50%以下まで可能となる。全国ではライブハウスの営業再開に向けて具体的なガイドラインを策定した地域も見られるようになっているが、東京都ではいまだ「リスクの高い施設」に含まれていることから、現時点(6月2日)で再開の目処は立っていない。
 ライブハウスが汚名を着せられてから2ヶ月あまり、すでに自力での運営継続が不可能な店も出はじめている。もちろん、経済的な困窮はライブハウスに限ったことではない。帝国データバンクの調査によると、コロナウイルスの影響で倒産した企業は全国で200社にのぼっている(6月1日時点)。もっとも、この数はあくまでも統計上のもので、みずから経営を断念する廃業は計上されない。つまり、そこからこぼれ落ちる企業も多々あるということだ。ましてや、運営形態が個人事業主の小規模な企業となると、その実態はつかみきれない。東京都では休業要請に応じた感染拡大防止協力金を支給しており、6月17日からは2回目の申請もはじまることになっている。とはいえ、申請したすべての事業者に協力金が届いているわけではなく、5月22日時点で支給された事業者は全体の6%にすぎない。こうした状況下で、運営を断念せざるを得なくなってしまったライブハウスも出はじめているというわけだ。その大きな要因は、早期の段階でライブハウスが着せられた汚名にあることは間違いない。つまり、クラスターの発生源として大阪のライブハウスが実名報道されて以降、「リスクの高い施設」という負のレッテルが貼られてきたのだ。もちろん、ライブハウスからクラスターが発生したことは紛れもない事実だ。そして、一般論として、ライブハウスが感染リスクの高い環境にあるのは確かなことだ。だからといって、ライブハウスの再開がステップ3以降まで先送りされるという状況には違和感を覚えてしまう。
 ライブハウスが置かれている状況は、あまりにも理不尽なものと言わざるを得ない。そこには、国や行政の愚策とも呼べる政策に対する個人的な憤りも含まれている。そのうえで、ライブハウスを無条件に擁護するという立場からではなく、客観的な視座でライブハウス文化全体を俯瞰すると、思わぬ課題が浮き彫りになる。全国的な経済活動の再開へと向けた動きが見られるなかで、各業界団体はそれぞれのガイドラインの策定を急いでいる。内閣府のウェブ(内閣官房「新型コロナウイルス感染症対策」)にはその一覧が掲載されており、情報がアップデートされている(現時点での最終更新は5月27日)。ライブハウスは「遊興施設」に位置づけられ、一般社団法人ライブハウスコミッションと厚生労働省がガイドラインの指針を示すことになっている。ここで注目すべきは、ガイドラインを策定する業界団体だ。そもそも、ライブハウスをとりまとめる業界団体としては、把握できる範囲内において、ライブハウスコミッションと日本ライブハウス協会の2団体があげられる。とはいえ、これまでライブハウスがひとつの業界としてまとまりを見せることは(東日本大震災のときすら)なかった。もちろん、地域ごと、あるいは特定のライブハウス同士の繋がりはあったかもしれないが、業界団体が中心となって積極的な運営をおこなうことはなかった。そうしたなか、どのような経緯かは明らかになっていないが、有名無実のライブハウスコミッションがライブハウスの業界団体の代表としてガイドラインの策定をおこなうことになった。ライブハウスコミッションは、いわゆる大手ライブハウスの母体企業7社によって組織化されている。そもそも、大手ライブハウスと、バーや飲食などを兼ねている小規模のライブハウスとでは、必ずしも足並みがそろっているわけではない。したがって、ライブハウスコミッションがライブハウス文化全体を網羅できるはずもないのはいうまでもないことなのだ。
 こうした状況を憂慮して、個別のライブハウス関係者によるロビー活動もおこなわれるようになった。たとえば、政治家からの「ライブハウスが結束して業界団体を作り、そこから陳情、ガイドラインを作るという流れがいいのではないか…」(https://www.facebook.com/photo.php?fbid=3150579531653082&set=a.320388648005532&type=3&theater)という指摘は、これまで可視化されてこなかった業界としてのライブハウスの盲点をついたものだ。実際のところ、ライブハウスコミッションやライブハウス協会が業界団体として機能していなかったのは事実だ。つまり、日本にはライブハウス全体を取りまとめる組織がなかったというわけだ。そして、今回のウイルス禍ではいち早く、その代替として「SaveOurSpace」のような有志が声をあげたというわけだ。今回はライブハウスの再開に向けたガイドラインの取りまとめをライブハウスコミッションがおこなっているが、ライブハウス文化全体の要望に見合ったものは提示できないかもしれない。そんな矢先、こうした現状を踏まえつつ、日本音楽会場協会が「小規模音楽会場」の代表として、厚生労働省とのガイドライン策定の会議へ参加することが決まった。つまり、多種多様な規模や運営形態のライブハウスのガイドラインを策定するにあたって、大手ライブハウスの指針だけでは不十分というわけだ。小さなライブハウスやライブバーなど、ライブハウスという名のもとで一括りにできないような「小規模音楽会場」を救うことができるのか、その手腕にかかっている。そんな日本音楽会場協会は、ライブハウス業界が回避してきた政治との関与をいとわない。同時に、これまでライブハウスのまとまった団体がなかったことを自省している。もちろん、(たとえ有名無実であれ)ライブハウスコミッションやライブハウス協会といった業界団体は存在しているが、それは多層的なライブハウスの一部にすぎない。一枚岩ではないライブハウスの多層的な立ち位置は、ときとして分断を招くこともあるというわけだ。そして、6月3日には、日本音楽会場協会がガイドライン策定の会議に参加する。
 もちろん、音楽文化という観点から、個々のライブハウスの生き残りは必要不可欠だ。その一方で、ライブハウス業界なるものの今後の方向性を模索する時期に差しかかっているのかもしれない。それは、ポストコロナ時代の「音楽と政治」の文脈から、向き合わなければならない課題になるだろう。

宮入恭平