中川五郎 2020年3月28日

ぼくの住んでいる東京では日に日にコロナウイルスの感染が拡大しています。国や都は不要不急の外出の自粛を求めています。また密閉空間、密集場所、密接場面の「三密」を避けるようにという、専門家からの助言もあります。歌い手のぼくが主な活動の場としている、ライブをやるお店はまさにそういうところが多いです。もちろん今は多くのお店や場所が、この三つを回避するためにさまざまな工夫や努力をしていることはよくわかっています。消毒や手洗いにもどこもが力を入れています。しかし狭い場所に人が集まったり、そこで大きな声を出すという環境は変わることはありません。

ぼくの基本的な考えは、東京や日本の今の状況がまだまだはっきりしないままだし、発表されていることもどこまで信じていいのかよくわからないということがありますが、できるだけ外に出ることなく、人と接触することなく、自分の居場所にこもっているべきだというものです。コロナウイルスに自分は感染したくないし(高齢者ということもあり)、それ以上に自分が感染して、それをまたいろんな人に感染させるということは絶対に避けたいと思っています。自分が感染者を増やす存在になり、そういう人がほかにもあちこちに生まれ、それで感染者がどんどん増えて行き、たとえ自分は助かったとしても、結果的に医療崩壊を招き、たくさんの犠牲者を生み出すことに繋がって行くとしたら、それはほんとうに取り返しのつかない恐ろしいことです。

とはいえすでに決まっているライブをキャンセルするというのは、自分一人だけの判断でできることではありません。ひとつのライブには、お店の経営者、ライブの主催者や企画者、一緒に出演するミュージシャンなどが必ず関わっていて、その人たちと相談して決めなければなりません。そして関わっているみんなの考えがある程度一致していればいいのですが、同じ考えをしていないということもあります。そこで議論を尽くさなければなりません。またすでにいろんなことが進められていたり、日にちが直前に迫っていたりして、容易に変更ができない場合もあります。

可能であればこの時期のライブはできるだけキャンセルした方がいいと今のぼくは考えています。相手は新型コロナウイルスという感染症です。そしてこのコロナウイルスに対するぼくらの国の、あるいは東京都などの多くの自治体の対策は、ただただ自粛を要請するだけのほんとうに無責任で不透明で不誠実なものですが、だからといってその無策に抗議したり、抵抗するような、そんな意味合いを持つようなものに今現在のライブがなっては絶対にいけないと思います。それは安倍政権や厚労省や自治体に歯向かっているように見えて、実は厳しい状況になっているかもしれないのに、それをはっきりさせず、単なる自粛の要請だけで責任を放棄している彼らに与する行為、「まだまだ大丈夫だ」と思わせている彼らを支持するものになるのだと思います。ぼくはそれよりも政府や地方自治体が命令をしたり強制を伴う宣言を出したりする前に、自分たちでよく調べ、自分たちの頭でよく考え、今は何が何でも決まっているライブを強行するのではなく、できるだけ人と接することを避け、自分の場所にこもることこそが、このどこまでもひどい政権や自治体に対するいちばんのプロテストに、抵抗になるのだと思います。

とはいえ自分自身のすでに決まっているひとつひとつのライブをキャンセルするというのは、ほんとうに難しいことで、そう簡単にはできないのが実情です。

中川五郎、フォークシンガー
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生ブルース」や「主婦のブルース」を発表。70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動の中心に。90年代に入ってからは小説の執筆や翻訳を行う。90年代半ばから活動の中心を歌うことに戻し、日本各地でライブを行なっている。
https://www.goronakagawa.com/index.html

※この記事は、中川五郎さんがご自身のウェブに公開したものを、ご本人の許諾を得て転載したものです。