1 「音楽に政治を持ち込むな」問題の再燃

ポスト3.11の社会で露呈した「音楽に政治を持ち込むな」問題が、ある意味で別の形として再燃している。2022年7月10日投開票の参議院選挙を間近に控えた6月30日に、音楽業界4団体(日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会)の代表者が自民党の候補者を激励したことによって波紋が広がっているのだ。4団体が支援するのは、音楽業界とも関係が深い今井絵理子(全国比例区)と生稲(いくいな)晃子(東京都選挙区)のふたりで、共に自民党から出馬する。

「オリコンニュース」(2022年6月30日)によると、SPEEDのメンバーだった今井は、コロナ禍で打撃を受けた音楽業界に対して、「これからもこの業界の発展と、アーティストのみなさん、お一人ひとりの力になれるように。経験と取り組みを通してしっかりと実現していきたいです」と語っている。また、おニャン子クラブのメンバーだった生稲は、「(コロナ禍で)芸能界、音楽業界、非常に大変な思いをされました。疲弊された。誰が悪いわけではありませんが、くやしくて仕方ありませんでした。でも、光がいずれ灯ると思います。何かのお力になりたい。私にできることは何でもします」と述べている。こうしたふたりの候補者の発言を受けて、日本音楽事業者協会の会長を務める瀧藤雅朝は、「おふたりの素晴らしいスピーチを聞いて、我々4団体安心しております。業界は大変な損害を抱えております。これをなんとかしていかなければならない。数々の中止によって、大変苦労しております。ネット上の誹謗中傷など、解決していかなければならない問題が山積みです」と説明し、「日本のエンターテイメント自体、もっともっと政治の力をお借りしていかなければなりません。お2人は、10代から長きにわたり、活躍されてこられました、私たち現場の声を反映していただいて、太いパイプになっていただければ」と期待を寄せている。

コロナ禍において「補償なき自粛」という「自助」を強いてきた自民党の候補者への支援を表明した音楽業界団体だが、それが当該団体に関与するすべての人たちの総意というわけではなさそうだ。もっとも、どれほどの思想やイデオロギーが含まれているのかはさておき、少なくともこの一件をとおして、音楽業界4団体は今回の参議院選挙において「自民党の候補者を全面的に支援します」と公式に表明したものとらえられても仕方がないことだ。もちろん、音楽業界団体が特定の政党や候補者を支援したとしても、何か問題が生じるわけではない。それにもかかわらず、この一件が物議をかもしたのは、音楽と政治の近接性というよりはむしろ、コロナ禍における音楽文化への深刻な影響や、コロナ禍における政治のあり方が背景にある。そして、音楽業界団体の政治との近接性は、プレコロナからの連続性としてとらえる必要がある。

2 プレコロナからの連続性

 COVID-19のパンデミックは、日本社会にも大きな影響をもたらすことになった。それはポピュラー音楽文化も例外ではない。目の前に迫りつつあるウイルスの脅威が明らかになった2020年2月には、ポピュラー音楽産業も社会の大きな流れに抗えなくなっていた。感染拡大防止を最優先の課題として、政府によるイベント開催の自粛要請を受け入れ、積極的に協力的な態度を示したのだ。もっとも、このときにはまだ、困難な状況が長期にわたることなど誰にも想像できなかったのは言うまでもない。当座を凌ぐことさえできれば、どうにか持ち堪えることができるだろうという、ある意味で楽観的な見通しがあったのは紛れもない事実だ。しかし、実際のところポピュラー音楽産業は、その後も長引く苦境を強いられることになった。その影響は大手から中小規模にいたる広範囲におよび、そこで顕在化したのが音楽と政治の近接性だった。

 COVID-19によって顕在化することになったポピュラー音楽産業と政治との近接性については、プレコロナからの連続性として理解する必要があるだろう。2010年代における政治との近接を試みていたのは、ポピュラー音楽産業のなかでも日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会といった大手の音楽業界団体に顕著だった。とくに、12年8月に超党派の国会議員によるライブ・エンタテインメント議員連盟の発足は、その後の音楽業界団体と政治との近接を強固なものにする契機となった。ライブ・エンタテインメント議員連盟の発足当初から大きな課題となっていたのは、施設の老朽化や2020年に開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックに向けての改築や改修によって、2016年にはコンサートホールや劇場などの会場が不足するとされる「2016年問題」だった。さらに、チケットの高額転売問題が深刻化した16年になると、法整備の拡充を求めた業界団体は政治への働きかけを積極的におこなうようになった。16年8月23日には、大手音楽業界3団体にコンピュータ・チケッティング協議会を加えた音楽業界4団体が、100組以上のアーティストの賛同を得て、「チケット高額転売に反対します」という声明を発表した。17年4月に開催されたライブ・エンタテインメント議員連盟の報告会には、コンサートプロモーターズ協会の中西健夫会長、日本2.5次元ミュージカル協会の松田誠代表理事、山口一郎(サカナクション)、ライブ・エンタテインメント議員連盟の石破茂会長、鴨下一郎幹事長、山下貴司事務局長が参加し、チケットの高額転売問題について議論が交わされた。その結果、ライブ・エンタテイメント議員連盟の議員が中心となって新たに発足したチケット高額転売問題対策議員連盟の呼びかけに応じて、18年12月には「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」(チケット不正転売禁止法)が成立し、19年6月14日から施行されることになった。これにともない、ユーザーが安心して利用できる二次流通サービスに関する情報提供をおこなうことを目的とした「チケット適正流通協議会」が発足し、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会の音楽業界3団体も参画することになった。

プレコロナにおけるポピュラー音楽産業と政治の近接には、ライブハウスのような中小規模の業態が含まれることは必ずしも一般的ではなかった。そのような状況のなかで、比較的大規模に近い中規模に位置するライブハウス関係者が中心となって、2016年6月23日にライブハウスの業界団体であるライブハウスコミッションが設立されたのは異例の事態だった。その発端となったのは、10年代にクラブカルチャー全体を巻き込んだ風俗営業法の改正問題だ。12年5月29日には、クラブ関係者やアーティストが立ち上げた「Let’s DANCE署名推進委員会」による署名運動がはじまり、1年後には16万筆の署名が集まった。こうした動きに呼応するかのように、13年5月20日には、超党派の国会議員約60人でつくる「ダンス文化推進議員連盟」が発足した。国会内でもその是非が分かれた風営法の改正だが、16年6月23日には改正風営法が施行されることになった。それはクラブカルチャーのみならず、ライブハウスにも影響を及ぼすことになった。言い換えれば、広義のポピュラー音楽文化への影響とも呼べるだろう。風営法の改正は、欧米に比べて後発だった日本における「夜の経済活動(ナイトタイムエコノミー)」をうながすための布石としてとらえることができる。2017年4月には、自民党のナイトタイムエコノミー議員連盟が発足した。ちなみに、風営法の改正に尽力したラッパーのZeebraは、「渋谷区観光大使ナイトアンバサダー」という肩書のもとで、ナイトタイムエコノミーを加速化させるためにナイトメイヤー(夜の市長)制度の創設にも関与している。観光政策との親和性が高いナイトタイムエコノミー議連は、「統合型リゾート」(IR)推進とも無関係ではない。IRの正式な名称は「特定複合観光施設」で、その整備を推進するための「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(IR推進法)」が成立したのは16年12月、その2年後の18年7月には「特定複合観光施設区域整備法(IR整備法)」が成立している。

COVID-19の感染拡大によってイベントやコンサートの中止や延期が相次ぐなか、ポピュラー音楽をはじめとするライブ・エンタテインメント産業が深刻な状況に見舞われた2020年3月には、チケット高額転売問題対策議員連盟に参加する超党派の国会議員による「新型コロナウイルスからライブ・エンタテイメントを守る超党派議員の会」が開催された。そこには、プレコロナにおけるポピュラー音楽と政治の近接に大きく関与した大手音楽業界3団体(日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会)も参加しており、チケット高額転売問題で政治への働きかけを実践した業界団体とともに、ライブ・エンタテインメント業界の惨状を政治へ訴えかけた。大手音楽業界3団体は、20年6月に業界内の自助の仕組みとして「Music Cross Aid ライブエンタメ従事者支援基金」を創設している。また、音楽ライブやコンサートの開催にあたり、感染予防対策のガイドラインの策定にも関与している。さらに、政治との近接を示唆しながら、音楽業界の意向を数回にわたって声明として発表している。

 こうした大手音楽業界団体による政治への働きかけは、ポピュラー音楽文化を持続するために必要不可欠な実践として好意的にとらえることもできるだろう。その一方で、政治的な思惑に利用される危険を孕んでいることも考慮しなければならない。たとえば、先述した「ダンス文化推進議員連盟」の事務局長を務め、風営法改正の中心的役割を担った秋元司元衆議院議員は、IRをめぐって中国企業から贈賄を受けたのみならず、その裁判にあたって証人を買収したとして2020年8月に逮捕され、懲役4年の実刑判決を受けている。もちろん、こうした事例は稀なことだが、音楽業界団体が政治への近接をはかる理由は、団体にとってのメリットがあるからだ。そして、当然のことながら、政治の側もメリットがあるからこそ業界団体からの働きかけを受け入れるわけだ。たとえば、今回の参議院選挙をめぐる「音楽に政治を持ち込むな」問題の再燃からは、未来の「族議員」との強固な関係を構築しようとする業界団体の本意が透けて見える。そして、自民党からすれば、音楽業界団体という大きな票田の獲得にもつながるというわけだ。

3 ポストコロナへの可能性

COVID-19によって露呈した音楽と政治の近接性は、大手音楽業界団体の実践から可視化されることになった。その一方で、ポピュラー音楽産業のエコシステム(生態系)の末端に位置するであろう、フリーランスのアーティストや音響・照明などのスタッフも含まれる中小規模の業態は、然るべき支援から除外される可能性が高い立ち位置にあることも明らかになった。もちろん、ポピュラー音楽産業全体を俯瞰すれば、COVID-19による深刻な打撃を受けたという事実に何ら変わりはない。しかし、中小規模の業態に及んだ影響は、可視化された大手音楽産業からは読み解くことのできない実態がある。しかも、中小規模の業態のなかでさえ、その内実はまちまちだ。つまり、同じポピュラー音楽産業という言葉を用いて一括りにはできないというわけだ。たとえば、音楽と政治の近接性については、ある程度の政治との近接性を保持してきた大規模の音楽業界団体に対して、中小規模の業態はCOVID-19によって直面した危機的状況によってはじめて政治との近接性を自覚するようになったのは紛れもない事実だ。

2020年3月26日にライブハウス経営者をはじめとする音楽関係者の有志が設立した #SaveOurSpace は、「新型コロナウイルス感染拡大防止のため営業停止を行う文化施設に対する国による助成金を求めています」という活動趣旨に明言されているとおり、ライブハウスやクラブへの助成金を求める活動からはじまった。そして20年4月には、さまざまな業種の垣根を超えて継続的な助成を国に求める #SaveOurLife へと展開することになった。さらに、SAVE the CINEMA(ミニシアター)や演劇緊急支援プロジェクト(演劇)と連携しながら、20年5月22日には文化活動の安定した継続を目的とした「文化芸術復興基金」の創設を求めた #WeNeedCulture を立ちあげることになった。「文化」や「芸術」の名のもとで、ライブハウスはもちろんのこと、ミニシアターや小劇場にも国や行政の支援が必要になることを政治に訴えかけたのだ。#SaveOurSpace や #WeNeedCulture は著名なアーティストや文化人を巻き込みながら、インターネットやSNSを利用して、現在進行形で政治との近接を実践することになった。もっとも、#SaveOurSpace が当初の目的として掲げていた助成を求めるための政治への働きかけは、政治そのものへの関与とも呼べるような、必要以上に踏み込んだものになりつつあるという事実にも留意しなければならない。ちなみに、ここでの政治との近接は、大手音楽業界団体とは異なる野党への働きかけに重点が置かれている。

こうした政治への直接的な働きかけとは別の方法で、ポピュラー音楽産業の中小規模の業態が組織化しながら政治への近接を模索する動きも見られるようになった。その発端となったのは、業界関係者と感染症の専門家を交えての感染拡大防止のためのガイドライン策定だ。そこには業界団体として、「一般社団法人ライブハウスコミッション」、「NPO法人日本ライブハウス協会」、「日本音楽会場協会」、「日本ライブレストラン協会」が参画することになった。これら4団体の尽力によって、ライブハウスをはじめとする中小規模の業態のガイドライン策定がうながされることになった。ちなみに、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、そしてコンサートプロモーターズ協会といった大手の音楽業界団も、音楽コンサートに関するガイドラインを策定している。もっとも、大手音楽業界団体が関与するガイドラインは、ライブハウスのような中小規模の会場を想定したものではないことは明記しておく必要があるだろう。現時点でライブハウスの業界団体による「ライブホール、ライブハウスにおける新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」には、ライブハウスコミッション、日本ライブハウス協会、日本音楽会場協会が策定、および改訂に関与している。しかし、これらの団体はライブハウス業界全体を取りまとめるほどに組織化されたものではなく、策定されたガイドラインは必ずしもライブハウスの総意が反映されたものではないという点には留意する必要がある。そもそも、これまで全国のライブハウスを一律で取りまとめるような、一枚岩の組織が存在することはなかった。その大きな要因は、ライブハウスという言葉に回収されて不可視化されてしまう、ライブハウスそのものの多種多様な運営形態にある。今回のCOVID-19によってもたらされた危機的な状況は、これまで機能不全に陥っていた業界団体のあり方を見直す好機になったのは間違いないはずだ。さらに、出演アーティスト、照明や音響のスタッフなど、ライブハウス文化を取り巻くエコシステム(生態系)にも当てはまる。

奇しくもCOVID-19のパンデミックは、ライブハウスの業界団体が抱えていた政治との近接という課題を露呈することになった。そして、それはライブハウスに限ったことではなく、大手の音楽業界団体にも当てはまる。もちろん、規模の大小によって問題の質は変わってくるものの、音楽と政治の近接性としてとらえたときに、あまりにも無自覚な態度だったことが明らかになる。今回の「音楽に政治を持ち込むな」問題の再燃では、大手音楽業界団体による偏向した政治との近接が問題になっているのは明らかだ。ここで強調したいのは、音楽と政治が距離を置くことではなく、音楽と政治の近接性を自覚的に思考する態度が必要になるということだ。言い換えれば、音楽と政治の近接性が、ポストコロナへの可能性になり得るということだ。