アカデミックの世界にどっぷりと浸かるようになったのは、いまから15-6年ほど前、僕が30代半ばになってからのことだった。その大きな要因のひとつには、研究対象のひとつにライブハウスを選んだことがあげられる。もっとも、ライブハウスを研究するためにアカデミズムへと進んだわけではなく、それまでの僕自身の音楽経験がライブハウスの研究へと結びついたにすぎない。そもそも僕がライブハウスを研究するうえで注目したのは、いまやライブハウス文化の規範となっているノルマ制度だった。1980年代後半からライブハウスに出演するようになったのだが、そのときにはすでにノルマ制度なるものが存在していた(ノルマ制度が定着したのは、1980年代半ば頃と思われる)。そして、そのシステムについて僕は、なにひとつ疑念を抱くことがなかった。居酒屋でお通しがついてくるのと同じほど、当たり前のものとして受け止めていたのだ。
 そんな僕がノルマ制度に対して疑いのまなざしを向けるようになったのは、アメリカの友人に誘われてテキサス州オースティンでライブを経験してからだ。友人のバンドの持ち時間のなかでの飛び入り出演だったが、初めてアメリカのライブハウス(厳密には「ライブハウス」は和製英語なので、アメリカでは通じない)のステージに立った興奮は、いまでも体感として記憶している。そして、そこでの会話で初めて、アメリカには(基本的に)ノルマ制度が存在しないということを知ることになった。ノルマ制度の詳細については自著(『ライブハウス文化論』2008年、『発表会文化論』2015年、『ライブカルチャーの教科書』2019年、など)で議論しているので、ここでは詳しく触れないが、そんな自分自身の音楽経験が、結果的に僕をアカデミックの世界へ導くことになったというわけだ。そして、そのきっかけになったのがノルマ制度だったのだ。

 ノルマ制度については、相も変わらず賛否両論あり、ときには物議をかもしたりもしている。そのあり方については「ポストライブハウス文化」として、比較的最近の論文(「ライブハウス概念の再考」『国立音楽大学研究紀要』52号、2018年)で扱っているので、やはりここでは詳しく触れないが、ノルマ制度がライブハウスのシステム化を確立させるために大きな役割を果たしたことは間違いない。つまり、ライブハウスのビジネスライクへの移行をうながす大きな要因のひとつになったというわけだ。もちろん、「ライブハウスは慈善事業ではない」(※ライブハウスを取材したときのインタビューで、この言葉を何度も耳にしてきた)のだから、資本主義社会のなかで合理的かつ能率的な運営をするのは当然のことだ。
 1980年代後半以降、資本主義リアリズムを背景に急成長を遂げた音楽産業のなかで、ライブハウスも大きな転換期を迎えることになった。そもそも、メインストリームのオルタナティブとしての存在意義を示すことになったライブハウスだが、なかには大手音楽産業によって運営されるメインストリームとしてのライブハウスも現れるようになった。繰り返しになるが、資本主義リアリズムのもとで、ライブハウスはビジネスライクへと移行することになったのだ。そんななか、ライブハウスの数は増加の一途をたどり、規模や形態の多様化も進んでいった。10人も入れば満席になるようなところも、2,000人規模のキャパがあるところも、同じライブハウスという名称が用いられるようになったのだ。さらに、ロックというジャンルがイメージされたライブハウスもいまはむかし、日本のポップカルチャーを牽引するアイドルやアニメも欠かせないものになっているのだ。

 今回のコロナウイルス禍で早期の段階から苦難を強いられているライブハウスは、そもそも多種多様な規模や形態で運営されている。それにもかかわらず「ライブハウス」の名のもとで一括りに単純化され、あたかも「悪の巣窟」よろしくスケープゴート化されてしまったのだからたまらない。挙げ句の果ては、「補償なき自粛」という新自由主義的な自己責任がのしかかってきたのだ。ライブハウスを批判的に分析してきた僕でさえも、こうした状況が(ある意味で恣意的に)つくりだされたことには憤りすら覚えてしまう。苦肉の策として、クラウドファンディングや公的助成などに頼らざるを得ないライブハウスも少なくない。さらに、6月18日時点でコロナウイルス禍の影響で閉店を発表したライブハウスは21店にのぼっている(https://www.livebu.com/covid19/close/)。
 国や行政はライブハウスに対して、大いなる損失を補填すべきだと強く訴えたい。その一方で、ライブハウス文化を俯瞰すると、さまざまな疑念が露わになってくるのも事実だ。そのなかでも今回は、ライブハウスの「業界団体」なるものに注目してみようと思う。ウイルスそのものの問題が解決したわけではないものの、緊急事態宣言は解除され、経済活動再開へ向けた動きが加速しはじめた。そして、感染リスクの高低に応じて、業種別に経済活動再開に向けたガイドラインが策定されるようになった。果たして、感染症拡大の防止を業種ごとに区分けすることが適切なのかどうかは定かでないが、それぞれの業種に見合ったガイドラインに沿って徐々に営業再開が進められるというわけだ。ガイドラインは国が定めるものもあれば、地方自治体が独自に基準を定める場合もある。業種としてのライブハウスはどうかと言えば、営業再開の緩和措置をいち早くおこなった自治体では、それぞれ個別のガイドラインを策定してライブハウスの営業再開を進めることになった。ところが、緊急事態宣言解除が最も遅く、さらに独自の段階的な緩和措置をとった東京都は、ほかの自治体とは事情が異なった。そんな東京都の特異な立ち位置から、ライブハウスの「業界団体」にまつわる動きが露呈したのだ。

 東京都は感染状況に応じて、ステップ1からステップ3までの段階的な緩和策を講じた。もっとも、接客をともなう飲食店やライブハウスはクラスター発生の懸念を払拭できないことから、ステップ3に移行した6月12日からの営業再開はかなわなかった。翌13日に政府は、ライブハウスを含む業種の営業再開に向けて感染防止のための注意事項をまとめたガイドラインを公表し、その日のうちにライブハウスの「業界団体」も再開に向けた具体的な感染対策のガイドラインを発表した。これによって、19日からはさらなる緩和によって、ようやくライブハウスの休業要請が解除されることになるというわけだ。さて、ここで重要になるのが、ガイドラインを策定した「業界団体」の存在だ。5月の後半からライブハウスのガイドライン策定に関する情報をキャッチアップしているのだが、そこからはさまざまな思惑が透けて見える。内閣官房のウェブサイトには「新型コロナウイルス感染症対策」のページ(https://corona.go.jp/)が設けられており、そこには経済活動の再開に向けた「業種ごとの感染拡大予防ガイドライン一覧」が掲載されている(6月18日時点での最新更新は6月13日17時)。そのなかの「遊興施設」に関連する団体として、「一般社団法人ライブハウスコミッション」(http://lhc.tokyo/)、「NPO法人日本ライブハウス協会」(http://j-livehouse.org/)、「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」、「日本音楽会場協会」(https://www.japan-mva.com/)の4団体が名を連ねている。「業界団体」による「政治へのコミットメント」については別の機会に改めて議論するが、ここではガイドラインの策定に関与した4団体に注目することにする。5月後半の時点では、この「業界団体」は「ライブハウスコミッション」(2016年設立)と「ライブハウス協会」(2007年設立)の2団体のみだった。もっとも、この2団体はライブハウスの「業界団体」として存在はしていたものの、どれほど機能していたのかについては議論の余地がある。たとえば、両団体の公式ウェブサイトが立ちあがったのは、政府によるガイドラインが公表された6月13日だった。つまり、それ以前はウェブサイトすらなかったというわけだ。もちろん、両団体がライブハウスの「業界団体」として機能してきたのかもしれないが、活動履歴もなければ活動報告もなく、少なくとも外部からその実態を把握することが不可能だったのは確かなことだ。

 そんな2団体に加えて「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」と「日本音楽会場協会」がガイドライン策定に参画したのは、(内閣官房のウェブサイトによると)6月5日になってからのことだった。今回のコロナウイルス禍によるライブハウスの危機的な状況を打開すべく、急遽発足したのがこの2団体だ。とくに、「日本音楽会場協会」は小規模な音楽会場の立場から、ガイドライン策定に関してさまざまな発言をしてきたことがうかがえる。その経緯については、同協会のYouTubeからも確認することができる(https://www.youtube.com/channel/UCOaIQhO9hP4KpU0IfmmZx-A)。
 先の2団体と同様に、「日本音楽会場協会」もウェブサイトを6月13日に一新していることから、政府によるガイドラインの発表を意識していると思われる。ただし、「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」(代表は六本木のライブハウス店長と思われる)に関しては、現時点で公式なウェブサイトがなく、組織の詳細に関する情報を入手することはできない。ここまでのことから、ライブハウスに関する政府のガイドライン策定に協力した4つの「業界団体」の全体像は見えてきたはずだ。そして、こうした「業界団体」の尽力がガイドライン策定に貢献したことは確かなことだ。その一方で、それら4団体が日本全国のライブハウスの総意ではないことも認識しておくのは重要なことだ。
 「ライブハウスコミッション」は大手7企業のみが加盟する団体であり、「ライブハウス協会」は必ずしもライブハウスが加盟するという体系化したものではない。さらに、「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」と「日本音楽会場協会」にいたっては、あくまでもライブハウス関係者が自主的に立ち上げたグループで、その存在を知らないライブハウスも数多あるのが実情だ。今回のライブハウスに関するガイドラインの策定は、必ずしもライブハウスに関する知識がない政治家や専門家のみで議論されたものではない。つまり、そこにはライブハウスに関する知識がある「業界団体」が関与しているというわけだ。ただし、その「業界団体」は、あくまでも限定的なものだということも理解しておかなければならない。そもそも、日本全国の「ライブハウス」を一律で取りまとめる組織が存在しないのは、紛れもない事実なのだ。

宮入恭平